スライムスレイヤー ~イシノチカラ~

作者:亜形


閑話 マザースライム


ここはのちに狩場の山と呼ばれるようになる山。

ある日、ほぼ同じときに山の麓と頂上にスライムが誕生した。
スライムが誕生するのはよくあることだが、この2匹は少し違った。
魔粒子濃度が少し高い、通常より賢いスライムと言っていいだろう。

山の麓で誕生したスライムは山の頂上を目指した。
見つけた生物を手あたり次第に取り込んで質量を増やしていく。

山の頂上で誕生したスライムは山の麓を目指した。
最初に周辺に生えている癒し草を取り込んで少し質量を増やしてから他のスライムと融合していく。
融合する場合、どちらが主体になるかを選択するのだが大抵強いほうが主体になる。

スライムの強さの優位性は、魔粒子の多さだ。

質量が増えると魔粒子濃度は下がるので濃度が強さではない。
魔粒子の多さが同格であれば次の優位性は質量だ。
山の麓を目指した賢いスライムは最初に質量を増やすことで少しでも融合で優位に立てるようにした。



大型になりつつある2匹のスライムは互いに山の中腹あたりまで来ていた。
互いに近くに何かいるくらいの感知はしたかも知れないが会合することなくすれ違った。

山の麓を目指したスライムは、融合を繰り返し巨大になった。
すると、麓近くで馬を引く人間を見つけ、あれも取り込もうと思った。
スライムが見つけた人間は、武器商人だった。

武器商人は少し前まで数名で行動していたが突然モンスターに襲われ、一人になっていた。
馬が引いていた荷台は壊された。モンスターを引き付けてくれた仲間も無事か分からない。
今は何とか馬に載せることができた分の武器防具を背負わせ、近くにあるオドブレイクを目指していた。そこはできたばかりのオドブレイクだが、もう討伐者が来ているかもしれない。
元々そこのオドブレイクを目指していたのだ。助けを求めるにはそこしかないと思った。

武器商人はいち早く背後から巨大なスライムが近づいて来ていることに気づいた。
引いている馬は重い荷物を背負わせているので走らせることはできない。
武器商人はやむなく馬を諦め、近くのオドブレイクに逃げ込んだ。
残された馬は背負っていた武器防具と共に巨大なスライムに取り込まれた。

巨大なスライムは擬態した。
それは全身武器防具に包まれた馬の姿のモンスターだった。
のちにユニコーンと呼ばれるモンスターの誕生である。
馬に擬態したことも関係しているのだろう。
山の頂上で最初に取り込んだ癒し草。あれを食べたい。
山の麓まで降りて来たがあそこにしかなかった。
ユニコーンは踵を返し山の頂上を目指した。

一方、山の頂上を目指したスライムは、山に住むほぼ全ての種類の生物を取り込んで巨大になった。
山の頂上で何に擬態しようか思案している。選択肢が多過ぎて決めきれずにいた。

しばらくして、巨大なスライムは何か得体のしれないヤツが山の頂上に近づいていることを感知した。
恐ろしい威圧的なオーラを放っていることで分かる。おそらく何に擬態してもヤツには勝てない。
生き残るには服従以外の選択肢はない。せっかくここまで大きくなったのにそれは嫌だ。
ヤツと会合する前に逃げなければ。
だが、この体では素早く動くことはできない。もう時間は残されていない。
戦うか? いや、負けると分かっている。
巨大なスライムは多少賢くはあるが弱気で臆病なスライムだった。

巨大なスライムは思わず近くにあった地面の縦穴に飛び込んだ。
飛び込んだ縦穴は深かった。
着地したときに分かった。この穴に飛び込んだのは失敗だった。
この大きな体では縦穴以外に外に出られるところがない。
体を伸ばしても体全体を上に引き上げることはできない。大きくなり過ぎた。
ここから脱出するには羽をもつ生物に擬態するしかない。
しかし、この体だ。広げた羽が壁に当たって上手く飛べるかも分からない。
それに上にはもうヤツがきている。
焦りからか、他の生物に擬態する考えは浮かばなかった。
ここを出てすぐに死にたくない。怖い。巨大なスライムは諦めた。ここで生きていく。
幸いなことに雨は多く降るし、どこからかここに集まってくる。
生きていくのに必要な最低限の養分だけ接種する。これ以上質量は増やせない。
あとは、この体を通して同胞をどんどん増やしていこう。
命の素となる滴を体に取り込み、吸収せずに一か所に集める。これだけで新たな同胞の誕生だ。
但し、作るのは横穴から出られる大きさまでだ。
すでに生命をもったヤツが来ても融合拒否だ。情報は渡すがここからは出て行ってもらう。
これ以上、狭くなるのは嫌だからな。
無理かもしれないが、いつか外に出た同胞がヤツを倒してくれることに期待しよう。
のちにマザースライムと呼ばれるモンスターの誕生である。

マザースライムの誤算は横穴を出たスライムがすぐに擬態してしまうことだった。
質量を増やして強く大きくなろうという考えのスライムたちではなかった。
協力関係も築かない。送り出されたスライムたちが弱気で臆病なマザースライムの性格を少し継承していることには気づいていなかった。

いつしかスライムを生成して送り出すことが、この空間を狭めないようにするマザースライムの作業となった。
繰り返す日々を経て、どうにかして上の出口から脱出するという考えは消えていた。
最初は渡す情報を選んで渡していたが繰り返すうちに面倒になった。今は新たな同胞に好きな情報を選ばせている。
淡々とひたすら繰り返し、こなす作業。無の境地だ。

マザースライムは今日も、せっせと同胞を横穴から送り出している。
雨が降ったあとは大忙しだ。







※この内容は個人小説でありフィクションです。