スライムスレイヤー ~イシノチカラ~

作者:亜形


第26話 甘い香りに誘われて


 熊の位置を確認したロッカは急いでトウマチームの元に戻って来た。

「熊見つけたわ。木をなぎ倒しながら進んでるとんでもないやつよ。
 すぐ近くまで来てるから余り時間はないわよ」

 ロッカは熊の位置を元に樽を設置する場所を支持した。他のモンスターと交戦中のラフロチームに熊まで介入させる訳にはいかない。スイーツの香りを風に乗せて熊に嗅がせるためには彼らより先に行く必要がある。

「急いで行くわよ! バン、手伝わなくて大丈夫?」
「大丈夫です!」

 4人が足取りを早めてラフロチームに追いつくと、彼らはまだ角カブトと牙蛇2体相手に交戦していた。
 角カブトは強固な角でぶつかった細い木などはなぎ倒している。堅い甲殻を持ち、力は相当に強そうだ。タイラーは早々に矢を使い切ったのか放った矢を拾い集めながら短剣で防戦している。

「ラフロ! 私たちは今から樽を設置しに行くわ。
 もし熊がこっちに来たらとにかく逃げて。あんた達じゃまず勝てないわ」
「分かった! こっちもこいつらの相手で精一杯だ。あとは頼んだぜ!」

 ラフロが弟たちに呼びかけた。

「リフロ、ルフロ! 俺はもう抗魔玉の力が切れそうだ。
 どっちかカブトを引きつけてくれ!」
「「了解!」」

 ロッカは何かを察知したのか、戦線から一時離脱したラフロに向かって走り出した。ロッカが短剣を抜き、飛び込んだ先にいたのは3体目の牙蛇だ!

”バババ、バッ!”

 ロッカはラフロを襲おうとした牙蛇の全身を斬り刻んだ。何が起きたのか理解できていない牙蛇はそのまま動こうとしたが全身が輪切りになって地面に落ちた。
 牙蛇が霧散していく・・・。

「あぶね~、もう1体いやがったのか。ロッカ、助かったぜ」
「ラフロ、油断しないで。他にモンスターがいないとは限らないわ」

 ロッカは交戦中の角カブトと牙蛇2体の方を指差した。

「それより、あっちは任せても大丈夫なのよね?」
「・・・お、おう! 当然だ。任せとけ!」

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 トウマチームの4人はロッカが支持した少し拓けた場所に着いた。熊と戦うには十分に立ち回れる広さだ。
 バンは拓けた場所の中心に樽を置いた。樽の蓋を開け、樽に詰まったフルーツに少し切り込みを入れて香りを増し、その上に瓶に入った蜂蜜をたっぷりと注いでいくと甘い香りが周囲に広がった。

 トウマは気持ちばかりとパタパタと樽の上を扇いだ。

「これで準備OKですね」

「この香りが熊まで届けばこちらに誘いこめるかもしれません」
「私は熊のほうを確認しに行くわ、こっち来なかったらすぐに知らせるから」

 ロッカは熊がいる方向に走っていった。

「僕らは一旦隠れよう!」

 残った三人は熊から遠い方向の木の陰に隠れることにした。

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 巨大爪熊は服従したモンスターの存在が次々に消えているのを感じ取っていた。この先に何かいると。緑だった熊の眼の色が黄色に変わる。
 警戒しながら進んでいた熊だがほのかに甘い香りを感じとり、足を止めた。熊は香りのする方に鼻を向けるが、同時に交じった別の匂いも感じ取っていた。風上に隠れたトウマたちの匂いである。
 だが、熊はそれを意に介さなかった。自分に勝てるヤツなどいないという自信からくるものだ。
 熊はゆっくりと甘い香りのする方に木をなぎ倒しながら歩き出した。

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 ロッカは拓けた場所の近隣の一番高い木の上に登っていた。

「成功みたいね。あいつこっちに向かい出したわ」

 ロッカは木から降り皆の所に戻ったが、三人が隠れている場所を見て指摘した。

「あんた達、何やってんの? そこ風上よ。
 せっかく熊が狙い通り向きを変えたのに私たちがいるのバレるじゃない!」

 皆、慌てて隠れる場所を変えた。

 しばらく待つとバリバリと木々が裂け、倒れる音が聞こえだした。仕掛けた樽のほうに熊がやって来ているのが分かる。

 遂に巨大爪熊が拓けた場所へと出てきて全身が明るみになった。巨大蛙の2倍はあるかと思われる大きさ、全身が黒っぽい熊だと分かる姿。毛並みは雑に再現していて堅い尖った鱗ではないかと思えるくらいだ。前足の鋭利な爪は外付けの武器であるかのように大きい。
 熊はのしのしと歩き、仕掛けた樽に近づいて行った。

「・・・あ、あれ倒せるんですか? デカ過ぎません?」
「熊が食べ始めたら気づかれないように背後に周るわよ」
「ヤバい、僕の大盾でも防げる自信ないよ」

「まずは私の出番ですね。効いてくれるといいんですが」

 熊は甘い香りに誘われて仕掛けた樽の所に辿り着くと、樽を両手で掴み持ち上げた。そして樽の中に入ったフルーツを大きな口の中へ転がし、むしゃむしゃと食べ始めた。

 警戒していた熊の黄色の眼が緑に変わった時だった。

「炎リング!」

 熊の背後に回ったバンが早々に不意打ちの炎リングを熊に放った! 円の範囲を広げたため一発限りの大技だ。牙蟻に放ったときの2倍はあるだろう大きな炎の円が熊の周囲に降り注ぎ、激しい炎が円の中心に向けて収束すると炎は凄まじい勢いで大炎柱となった。

”ゴワァーーーーーーー!!!”

「どうだ?」

 全員が熊の様子をうかがう。樽は焼失した。熊は全身から煙を噴き出し、ブズブスと焦げた音がするがまだ生きていた。熊は眼を真っ赤にしてバンを睨みつけた。
 バンは急いで退避行動に出る。

「・・・そんな、バンさんのあれで効いてないんですか?!」
「いや、効いてるわ。少なくとも削れてるはずよ。
 でも怒りが頂点に達してる感じになった。皆、集中して!」

 巨大な熊は立ち上がり、少し離れていた三人が見上げるほどの大きさになった。

「グオォォーーーー!!!」

 圧倒的な強者による威圧の咆哮。皆がビリビリと全身が痺れるような感覚にさらされる。強風が吹いている訳でもないのに吹き飛ばされそうだ。

「こ、こんなの人里に向かわせるわけにはいかないですよ!」
「勿論だ! 絶対行かせないぞ!」

 セキトモは意を決して大盾を構えたまま熊に立ち向かった。トウマも剣を抜き、セキトモに続いて走り出した。二人は牙猪のときと同様に大盾で攻撃を受けて左右から同時に攻撃をしかけるつもりだ。

 ロッカは熊の背後に周り、熊の視界から姿を消した。

 熊は右腕を大きく振りかぶり、突っ込んで来たセキトモの大盾に殴りかかった。セキトモは大盾ごと身体を弾き飛ばされて大木に叩きつけられた。大木が揺れる。砕けていないが大盾の表面には大きな爪痕が残った。
 トウマは左側から振り下ろされた熊の右腕に剣で斬り込んだが、深い傷を負わせるには至らなかった。
 熊はトウマのほうを向くと、左腕で下側からすくい上げるように攻撃してきた!
 トウマは何とか直撃を避けたが、大きく鋭利な熊の爪がかすっただけでトウマの胸当ては吹き飛ばされ、胸に深い傷を負ってしまった。トウマは少し距離を置くように熊から離れた。熊は追って来ない。

 ダメだ。俺の剣じゃ深く斬り込めない。
 となると炎熱剣を使ってみるしかないけど、あいつに効くのか?

 トウマは胸に深い傷を負っているが今は集中している為、痛みを感じていない。トウマは熊の動きを警戒しながら予備の抗魔玉と真魔玉【赤】を装着した。
 トウマの胸からは血が流れ出続けているが、それ以上に全身から噴き出して滴る汗が止まらない。

 セキトモは身体を叩きつけられた大木の根元でよろめきながら立ち上がった。セキトモはトウマがまだ戦う姿勢をとっていることを確認し、熊に向かって歩き出した。
 熊は歩き出したセキトモに気づき振り向いた。
 熊の左手側ではバンが熊の動きを警戒しながら次の攻撃準備をしているようだ。
 熊の背後にはロッカがいる。

 まだ誰も諦めてはいない。

「トウマ、もう一度行くぞ! 次は受け流すから気をつけてくれ」
「分かりました!」

 セキトモは大盾を構え、グレイブを抜いた。
 熊が隙を見せれば攻撃を加えるつもりだ。




※この内容は個人小説でありフィクションです。