トウマは街の外に飛び出し分裂させたスライム群を探していた。すると、視線の先で二人の衛兵が槍を使ってスライムを次々に討伐しているのを見つけた。
あ~、遅かったか・・・。
トウマはバツが悪いので近づけずにいた。衛兵の声はなんとか聞こえる距離だ。
「何匹倒した?」
「5匹くらいかな?」
「俺は10いったかも」
「数はいても大したこと無いしな」
当然だが衛兵たちが使っている槍は薄白く輝いている。
「魔石回収して換金すれば、いい小遣いになるんじゃないか?」
「いいね。拾っていくか」
「それがさ、さっきから探してるんだが全然見つからないんだよな。
分裂した複製体のスライムだったのかも?」
「マジか。割に合わない討伐だったな」
「まぁ、衛兵としての仕事と割り切ろう。複製体でも擬態したら厄介だし」
「そうだな。あっ、もう時間切れになりそうだ。そろそろバルンに戻ろう」
衛兵たちは周囲にもうスライムが見当たらないことを確認し、引き上げて行った。
トウマは先ほど衛兵たちがスライムを討伐していた付近にやって来た。
「さてと。まだいるよな?」
トウマは何となくまだ倒されていないスライム本体が近くにいる気がしていた。事実スライム本体は複製体が倒されたのに危機を感じたのか草陰に隠れていたようだ。すると、草陰からトウマに向けてジリジリと3匹のスライムがはい出て来た。トウマはこの中にスライム本体がいると感じた。
こいつら俺がさっきの倒せなかったヤツだと認識してるな?
でも、さっきやられた俺とは違うぞ!
まだ剣は抜かない。このスライムたちはまだ俺を舐めているはずだ。
おそらく最後に襲ってくるやつが本体だろうな、ギリギリまで引き付けよう。
スライムは体の大半を後ろ側に寄せ、瞬時に前方へ体を投げ出すことで飛びつき襲ってくる。
2匹ほぼ同時にトウマの頭めがけて飛びついて来た!
トウマは片膝をついてスライムの攻撃をかわす。
あぶねっ。
次の瞬間、片膝をついたトウマの顔めがけて3匹目が飛びついて来た!
”ズバッ!”
トウマは下から上へ向けて抜刀した。
“ぐじゅるる・・・”
真っ二つに切り裂かれたスライムが何とも言い難い音を出した後、ゆっくりと霧散していく・・・。
・・・やれたのか? 分裂はしてない。
「おっしゃー! ついにスライムを倒したぞ!」
トウマは拳を握りしめてガッツポーズをした。その時だった。
”べちゃ!べちゃ!”
「うおっ?!」
喜びも束の間、トウマの後ろから何かが連続でぶつかって来た。前のめりに倒れたトウマは背中に貼りついた経験した事のある感覚で察した。
さっきかわしたスライム2匹が襲って来たのだと。
”ジュワ…ジュワ…”
トウマの肩上から背中にかけて、服の破けている箇所の皮膚が溶け始める。
「痛っ、ヤバい」
トウマは急いで貼りついたスライムを振り払った。
「どきなさい!」
突如、2本の短剣を両手で逆手に構えたフードを被った人物が飛び込んで来た!
スライムに向けて上から振り下ろしで一斬り!
一回転してもう片方に持った短剣でスライムごと地面へ突き刺す、二連撃!
すぐさまもう一匹のスライムも同様に刺殺。あっという間の出来事だった。その人物が持っていた短剣はもう腰の鞘に納められている。
2匹のスライムが霧散していく・・・。
「危なかったわね。スライム1匹倒したくらいで油断してちゃダメでしょ」
トウマを助けたのは街で抗魔玉の事を教えてくれた少女だった。彼女はトウマが持っている剣を見て声をかけた。
「そろそろ時間切れよ」
「時間切れ?」
トウマも持っている剣を見て刀身を覆っていた薄白い輝きが弱くなっているのに気づいた。
「あんた私の話聞いてた? 抗魔玉の力には制限時間があるの。ずっと効力を発揮できる訳じゃないのよ」
聞いてなかったー。
「早く剣を鞘に納めて!」
トウマは彼女に言われるがまま剣を鞘に納めた。
「もう切れかけてたし、しばらくは使えないわね。
フルで10分くらいしか持たないんだから時間管理は重要なのよ」
彼女は辺りを見渡し、被っていたフードを取って顔を出した。髪は黒に近い深い赤紫色。
「周囲にモンスターの気配は無いわ。あんたもバルンに戻るわよ」
気が抜けたのかトウマは上向きになって寝転び、空を見上げた。
助かったぁ~。
とは言え、モンスター初討伐成功だ! スライム1匹だけどね。
トウマが感慨にふけっていると、バシッ!と助けてくれた少女に小突かれた。
「さっさと行くわよ」
トウマが気だるい上半身を起こすと彼女は瓶に入った液体をトウマの肩に振りかけた。さきほどスライムに溶かされたトウマの皮膚がみるみる修復されていく・・・。
「おお、すごい。これ治癒の薬ですか?」
「そ、でもタダじゃないわよ。あとで代金貰うからね」
彼女は悪い顔でニタリと笑った。
「あとこれ、あそこに落ちていたわ」
トウマが彼女から受け取った物は、透明感のあるおはじきのような物だった。
「軽い。これは?」
「魔石よ。あんたが倒したスライムが本体だったようね」
「おおー、これが魔石?!」
これがモンスターを倒した時に落とすってやつか、初めて見た。
つーか、スライム本体倒しても複製体とやらは消滅しないのかよ。
魔石は換金所に持って行くと換金して貰える。でもトウマはこの魔石を初討伐記念で大事にとっておくことにした。
「私は『ロッカ』よ。あんたの名前は?」
「俺?」
そういえば名乗っていなかったな。
「俺は『トウマ』です。歳は16になったばかりです。助けてくれて本当に有難うございました!」
トウマは立ち上がり、眼下に見える小さな少女に深々と頭を下げてそう答えた。トウマは彼女が小さいので子供かもしれないと思っていた。
「私のほうが年上ね」
トウマたちは近くの街道に出て、話しながら街へと向かった。どうやらロッカは中央大陸からある人物の護衛でこの街にやって来ているらしい。護衛出来るくらいお強いお方って事だ。
トウマは護衛対象ほったらかしで自分の面倒なんか見てていいのだろうか?と思ったがもう一人護衛がいるらしく、その人に任せているそうだ。
「中央大陸かぁ、俺も行ってみたいな~。です」
「無理に言葉遣い変えなくていいから。今のあんたじゃ命がいくつあっても足りないわ。スライムにやられてるようじゃあね。
知識も全然足りて無いようだしアホ丸出し。まずはそこからでしょ?」
「ぐっ…」
何も言い返せない。
中央大陸には強いモンスターがいて数も多いらしい。元凶の火山があるからだろう。現状、火山の噴煙は弱まっているらしいが周辺区域はモンスターの巣窟になっているようだ。許可が下りた討伐者以外は立ち入り禁止だとか。
でも、討伐者になると決めて村を出て来たからにはいつか中央大陸へ渡りたいってもんだよな!
二人は街に辿り着き、一旦、宿に戻ってからまた落ち合う事になった。トウマは治癒の薬の代金を持って来いと言われたのだ。
服もボロボロだし、さすがに着替えないとな。
トウマが討伐者としてやっていく為に今までコツコツ貯めてきた準備金は10万エーペル。いろんな手伝いをして稼いだお金だ。薪割り、荷物運び、草刈り、畑仕事、畑の柵作り。村で10万エーペルも稼ぐのは大変だったのだ。
世界で流通している通貨は
百エーペル・・・銅貨
千エーペル・・・銀貨
万エーペル・・・大銀貨
十万エーペル・・・金貨
百万エーペル・・・大金貨
が主流といった感じだ。
ちなみに10エーペルは銅を丸く潰して10の穴が空いているだけの粒銭である。1エーペルに至っては製造コストのほうが高くて買える物すらないので当の昔に流通する通貨としては廃止されている。
トウマは2週間くらいは資金はもつだろうと思っていた。だが、この街で3日ほど過ごして所持金がすでに6万エーペルまで減っていた。
想定していたよりお金の減りが早い、早く稼げるようにならないとマズいな。
そういえば、ロッカに治癒の薬の代金いくらか聞くのを忘れてた。
手持ちの資金で足りるよね?