スライムスレイヤー ~イシノチカラ~

作者:亜形


第75話 丘の頂上にある峡谷


 スレーム・ガングの5人は東に続く街道を馬車で進んだ。緩やかな長い丘を登って行くと頂上の峡谷に到着。峡谷は丘の頂上で真っ二つに裂けたような場所だ。峡谷には橋が架かっており街道は繋がっている。
 付近にクエスト対象の蜘蛛がいるとの情報から橋を渡る手前で留まった。

 セキトモは不思議に思った。

「街道付近なのにクエスト対象のモンスターがいるってどういう事だ?」

「俺も思いました。確かこの辺のはずですよね? クモ見当たりませんけど」

「あんたたち依頼書ちゃんと見てないでしょ?
 クモは橋の下、谷の合間に巣があるのよ」

「うっそ? 地上じゃないの?」

 橋の手前には真新しい看板が立っていて注意を促しているようだ。

《橋下の蜘蛛のモンスターに注意! 橋は急いで渡るように》

「ここに注意書きもしてあるようですね。
 急げば橋を渡れるようなので追っては来ないのでしょう」

「途中すれ違った馬車はここを素通りしたってことですかね?」

「ここを通れないなら丘の麓まで行って遠回りするしかないからね。
 まったく、討伐者も通るんだったら倒して行きなさいよ」

「場所が場所だからな。
 倒すつもりで準備して来ないとどうしようもないだろ」

 ロッカはイズハを誘った。

「イズハ、私たちで橋の上から下の様子を覗きに行くわよ。
 気配消すの忘れないで」
「了解っす」

 二人はゆっくりと静かに橋を渡って行った。

 バンは馬車の荷台からロープを3本持って来た。長さは50mほどある。

「そのロープ、ここで使うために持って来てたんだね?」

「今回、私とセキトモさんはロープの引き上げ役です。昨夜、ロッカと相談しましてロッカとイズハさんの二人がロープで先に降りてクモと戦い、トウマさんはロープを着けたまま橋の上で待機してもらうということになりました。トウマさんは二人が誘導したクモが真下に来た時に飛び降りてとどめをさす役だそうです」

「え? 俺、飛び降りるんですか?」

「トウマさんは橋から落ちたことあるから適任だって言っていましたよ」

「うそでしょ~」
「はは。頑張れ、トウマ。僕は重いから無理な役割だ」
「俺だって軽くはないですよ」

◇◇

 ロッカとイズハが戻って来た。

「まだクモは近くにいないみたいだわ。
 今のうちに橋の手前、中央、奥にロープを仕掛けよう。
 私が手前、トウマが中央でイズハは奥をお願い。
 セキトモはトウマとイズハが着けるロープの長さを調整していって」

「分かった。トウマ、イズハ行こう!」

「あ、イズハ。降りるときは蜘蛛の糸に触れないようにしなさいよ。
 おびき寄せるときに揺らすから」

「なるほど。了解っす」

 橋の中央に着いたトウマ、セキトモ、イズハの三人はロープの長さを調整し始めた。

「蜘蛛の巣が約30m下にあるのでロープの長さは29mくらいっすかね?
 細かいっすけど、足が蜘蛛の巣に乗せられるくらいが丁度いいっす」

「巨大な蜘蛛が乗れるんだから巣の糸が切れる心配はないよな?」

「イズハ、もしロープが切られて糸にも乗れなかったら下に落ちるよね?」

「そうっすね。でも更に下側にいくつも巣を張ってるっぽいので、どこかで引っかかれば落ちずに済むと思うっす」

「そっか。少し気が楽になったよ」

「あまり下まで落ちられると救出が大変そうだな。でも一応想定しておかないとな」

「ロッカさんと自分はロープが絡まないように戦う必要があるっすね。
 自分は巣の上を移動するのでロープは長めにお願いします。
 セキトモさんには戦いを見ながらロープの長さを調整していって貰いたいっす」

「分かった。上手く調整できるか分からないけどやってみるよ」

 セキトモとイズハは橋の奥に向かった。

◇◇

 橋の3カ所にロープを設置し終えると、ロッカとイズハは崖をつたい蜘蛛の巣の手前まで降りて行った。ロッカの合図で同時に蜘蛛の巣に乗るようだ。

 さて、俺はクモが橋の真下に来た時に攻撃か。
 飛び降り・・・なんか度胸試しみたいだ。このロープ、ホントに大丈夫だよな?
 突風は吹いていないようだし、狙いが外れることはないと思うけど。

 皆が配置につくとロッカは合図した。
 ロッカとイズハが同時に蜘蛛の巣の上に乗って巣を揺らす。二人はロープを伸ばしてもらいながら蜘蛛の巣の網目が狭い巣の中心辺りに足を運んだ。

「太い糸だけど、バランス取るの難しいわね?」

「多分、来てるっすよね?」

 足を乗せている巣に振動が伝わってきて少しずつ大きくなっているのが分かるようだ。
 すると、遠くから眼を赤くした巨大な蜘蛛が忙しく脚を動かしやって来て、二人から少し距離を置いたところでピタリと立ち止まった。黒と黄色の縞模様で脚がやたらと細長い蜘蛛だ。今はゆっくりと長い脚を動かしている。

 トウマは橋の上からその様子を見ていた。

 あいつは前に戦ったクモとは種類が違うみたいだな。
 いつでも行けるよう集中しよう!

 蜘蛛と対峙しているロッカとイズハ。
 二人とも武器に手をかけてはいるがまだ鞘からは抜いていない。

「イズハ、ロープ切られないように少し前に出るわよ」

 すると蜘蛛は上体を浮かせ、腹部後端の出糸突起(おしり)から二人目掛けて糸を乱射してきた。二人はなんとかギリギリでかわす。

「ちょっ、あのクモ、糸飛ばしてきたわよ!」
「今のは危なかったっす」

「でもあの姿勢で糸を飛ばすことは分かったわ」

 糸の攻撃をかわされたことに怒った蜘蛛は噛みつきの攻撃に切り替え二人に襲い掛かった。ロッカとイズハは同時に左右に飛び別れ、それぞれが蜘蛛の脚を切断した。ロッカは短剣2本をクロスさせて広げるように斬った。イズハは逆手に持った小太刀で一閃だ。
 脚を同時に2本落とされた蜘蛛は悶え苦しむが体勢を整えるとイズハに向かって襲い掛かった! 蜘蛛の脚の爪がイズハの右足をかする。
 イズハ自身は内に着こんでいたチェインメイルのおかげで傷つかずに済んだようだがチェインメイルは裂けていた。

「大丈夫っす!」

 その間にロッカは蜘蛛の背後に回り、更に蜘蛛の脚を1本落とした。

「イズハ、あと2本くらい落として動き鈍くするわよ。
 そのあと、中央に誘導するわ」
「了解っす!」

 バンとセキトモは橋の上でロープを引いたり伸ばしたりで大忙しだ。ロープが突っ張って二人の動きの妨げになってはいけない。今はなんとかこなしているといった感じだ。

 今、トウマは戦況を見つめて集中している。

◇◇

 更にロッカとイズハで蜘蛛の脚を2本落とした。動きが鈍くなった蜘蛛の様子を確かめると、ロッカは叫んだ。

「トウマ、そろそろ行くわよ! 一撃で決めなさい!」

 今、蜘蛛とロッカ、イズハの位置は最初とは逆位置になっている。蜘蛛の背後側の上空にトウマがいる状態だ。
 すると、ロッカはイズハを制して前に出た。ロッカの両手に持つ短剣の薄白い輝きが炎のように揺らめいている。余り時間は残っていないがブースト3倍だ。
 ロッカは蜘蛛に見せつけるように腕をクロスして短剣を構え、それを左右に振り広げて蜘蛛を威嚇した。

”ブンッ!”

 それを見た蜘蛛は危険を察知したのかズルズルと後ずさりし始めた。

 蜘蛛は橋の上で待機しているトウマの射程に入った。

 トウマは剣を抜き、炎熱剣に切り替える。にわかに汗ばむも、一息入れて身体の力を抜いた。

 今だ!

 トウマは橋の上から勢いよく蜘蛛に向けて飛び降りた。

 —――――トウマはやけに周りが静かに感じていた。

 必要な音はよく聞こえる。
 頭から勢いよく落ちているはずなのにそれがもの凄く遅く感じる。
 周りの状況も蜘蛛の動きも何故だか把握できる。
 蜘蛛の動きは遅い。
 これなら確実に斬れる。
 蜘蛛の全身を一刀両断にするイメージまで湧いた。

 一撃で仕留める!

 奇しくもこの状況はトウマが初めて抗魔玉の力を解放したときと似ていた。
 蜘蛛に向かって飛んでいる。横か縦かの違いだ。

 トウマの上段に構えた剣の薄赤い輝きがみるみる大きくなり炎のように揺らめいた。

”ジュパーーーーーーーン!!”

 背後から斬られた蜘蛛の全身が縦に真っ二つになった。別れた体の切り口から炎が噴き出して全てを包み込み、大きな炎の塊になって蜘蛛は霧散した・・・。
 振り切ったトウマの剣は蜘蛛の巣も斬り裂いた。足場となる筈だった蜘蛛の巣も燃え溶けて消えてしまった。
 ロッカとイズハの足場の糸も崖側に落ちていく。二人は素早く移動しながらロープを掴み、なんとかロープにぶら下がった。そのロープをバンとセキトモのそれぞれが引っ張り、二人が落ちないように固定した。

 トウマは腰に巻いたロープに激しく絞めつけられ、宙吊り状態になった。激しい衝撃を受けたがそれでも剣はしっかりと握りしめて離さなかった。

「痛って~。また宙吊りになった~」

 しばらくトウマ以外の全員が呆然とトウマを見ていた。
 最初に口を開いたのはロッカだった。

「トウマ、何今の? 炎熱剣でブーストした?」

 トウマは何とか剣を腰の鞘に納め、ロープで宙吊り状態のまま応えた。

「え? 今のがブースト?」




※この内容は個人小説でありフィクションです。