スライムスレイヤー ~イシノチカラ~

作者:亜形


第40話 三体の狼(2)


◇◆

 三体の狼のモンスターがいる山-----。

 牙狼は思った。もっと食いたい。
 だが、あいつは最低限の獲物しか狩ろうとしないし、させない。
 爪狼は思った。もっと狩りたい。
 だが、あいつは最低限の獲物しか狩ろうとしないし、させない。

 二体の狼は獲物が少なくなっているこの山から一向に狩場を移そうとしないボス狼に対し苛立ちさえ感じ始めていた。

 ((あいつさえいなければ))

 このとき二体の狼の意見が一致した。

 しかし、我々が同時にかかってもあいつは倒せないだろう。
 だが、機会は逃さない。待つんだ。その時を。

 ボス狼である牙爪狼は思った。
 そろそろ狩場を変えなければならないだろう。
 獲物も少なくなっている。だが、狩場を変えるのは危険だ。
 一度見た事がある我々の命を絶てる道具を使う生き物たち。
 本能が告げている。あいつらに出会ってしまったら命は無いかもしれない。
 数が少ないならどうとでもなる。
 だが、あの生き物たちは集まって共闘する非常に危険な生き物だ。
 できれば出会いたくない。
 もし出会ったら仲間を呼ばれる前に全力で殺すしかないだろう。
 一体たりとも逃してはならない。その為にあいつらがいるのだ。

 三体の狼の中ではボス狼である牙爪狼が最も古参である。他の二体はボス狼が作ったと言っていい。忘れてはいけない。牙爪狼はスライムが擬態したモンスターであるという事を。狼が同胞なのではなくスライムが同胞なのだ。牙爪狼は意図的に弱らせた狼を大型のスライムがいる場所に導いて取り込ませた。二体の狼のモンスターはその事実を知らないし、教えてはいない。
 そして圧倒的に強い牙爪狼は従うだけの手下は面白くないと考えた。
 力でねじ伏せて今の状況があるのだ。

 そして夜が明けた。

◆◇

 スレーム・ガングとユニオン・ギルズの二組は川に沿って上流を目指していた。すでに周りは狼のモンスターがいる山に入っている。

「まだカニいたわね。帰りに獲っていく?」
「一昨日、食べたばかりじゃないですか?
 あまり獲ると食用カニが絶滅してしまうかもしれませんよ」
「それはダメね。今回は諦めよう」

 ギルは呆れた感じでトウマを見た。

「ロッカとバンは食べ物の話ばかりだな? 狼戦前なのに緊張感なくなるぜ」
「ですよね。はは」

 一同が歩き進んでいると、遠くで狼の遠吠えが聞こえた。

「聞こえたか?」
「あっち側だったわね」
「普通の狼はもうこの山にはいないでしょう。
 この山で聞こえる狼の遠吠えは間違いなくモンスターですね」

「よし、ここからは山の中を行くぞ」

 一同は狼の遠吠えが聞こえた方向に進んだ。

◇◇

「この山、傾斜はそこまで酷くないのに全然モンスターいないわね。
 いても小型ばかり」
「嵐の前の静けさって感じで僕は逆に怖いけど」

「自分、ちょっと見てくるっすよ」

 そう言うと、イズハは先に行ってしまった。

「ロッカ、あれ、大丈夫なのか?」
「イズハはそう簡単に襲われたりしないわ。忍者だから」

 タズはキラキラした目で言う。

「さすが忍者! もう見えなくなりましたよ」

 イズハは20分ほどして戻って来た。

「狼見つけたっすよ。この先の岩場になっている場所に大きいのがいたっす。
 爪と牙が両方特化してたのでボス狼かも知れないっすよ。
 他の二体は確認できなかったっす。・・・ござる」
「本当か?」
「忍者の情報は正確よ。信じていいわ」

「いきなりボス狼か。だが一体ならこっちにとっては都合がいいな。
 皆、狼は近いようだぜ。ここからの会話は静かにな」

 また狼の遠吠えが聞こえた。明らかに狼との距離は近くなっているようだ。

◇◆

 少し前のこと。
 ボスである牙爪狼は僅かな気配を感じていた。

 何処にいるのか分からなかったが何かに見られていた。
 これはあの生き物かもしれない。
 気のせいかもしれないが用心にこしたことはない。
 先ほど散開したばかりだが一応、あいつらを呼び戻しておくか。
 万一、あの生き物たちが来たらいつもの狩りのように挟みうちだ。
 一体足りとも逃すものか。食い殺してやる!

 牙爪狼は立ち上がり、遠吠えで他の二体の狼に合図した。

◆◇

 忍びチームは散開して姿を隠した。
 イズハからコツでも教わったのか気配も消しているようだ。ロッカはあり得るとしてもタズまで。

 考えてみればタズはロッカに簡単に抱き着いていた。気を抜いていたとしてもあのロッカにだ。タズにはそういう才能が元々あったのだろう。

 一同はボス狼がすぐそこに見える場所までやって来た。
 牙と爪を大きく特化させた狼がひときわ大きい岩の上で待ち受けている。間違いなくボス狼の牙爪狼だ。眼の色は黄色ですでに警戒しているようだ。
 かかって来るならかかって来いという感じか、堂々とした風格を漂わせている。

「あいつ一体なら何とかなりそうだな?」

 バンが何かに気が付いたようだ。

「そう簡単にはいかないみたいですよ。すでに囲まれています」
「何だと?!」

 すぐに皆が警戒態勢に入った。

 バン側の左斜め後方に爪狼。
 ギル側の右斜め後方に牙狼。

 相手が三体とはいえ逃げ場がない囲まれ方をしている事に一同は気づいた。

”グルルル・・・”

「他の二体はいないんじゃなかったのかよ?」

「・・・二回目の遠吠え。あれで呼んだのではないでしょうか?」
「俺らはまんまと嵌められたってわけか」

 唸りをあげながらじりじりと歩み寄る爪狼と牙狼。皆が自然と集まりボス狼がいるほうにじりじりと押し進まされていた。

「どうしますか? この状況ヤバそうですけど」

「俺らが密集した状態で三体同時にかかって来られるとマズい。
 少しずつ距離を開けて三手に別れるぞ。
 どれか一体でも倒せたらすぐに他のやつの援護に回るんだ」

『了解!』

 セキトモとバンは歩み寄る爪狼を押し返すように少し前へ出た。カリーナとギルも同様だ。急に前に出られた狼が少し後ずさりをする。二体の狼の眼はすでに赤だがまだ襲い掛かって来る様子はない。
 サイモンとトウマはボス狼のほうに歩を進めた。すでにここにいる全員が武器を取り出している状態だ。抗魔玉の力を使う戦いには時間をかけられない。
 ギル、サイモン、セキトモは2スロットで20分、トウマも予備と付け替えれば20分。両手に武器を持つバンとカリーナは10分だ。

 ボス狼は思った。
 おかしい。どういうつもりだ?
 いつもの狩りならもうとっくにあいつらは獲物を襲っているはずだ。
 合図を待たずに狩り始めるときだってあった。
 だが、もう何度も合図をしているのに襲い掛かろうとしない。
 こいつらに何かあるのか?
 まあいい。俺が力を示せばやつらも続くだろう。

”グルルル・・・”

「トウマ、来るぞ!」
「はい!」

”ガォーーー!”

 眼を赤くし牙をむき出しにしたボス狼が岩から飛び上がり、サイモンを襲う。サイモンの突いた槍は爪で軽く弾かれた。サイモンはなんとか盾でボス狼の噛みつきの攻撃を防いだ。トウマは即座に斬りかかったが飛び退かれてかわされた。

 コイツ、速い!

△▷

 牙狼と対峙しているギルとカリーナ。

「あっちは始まったみてーだがこいつは来る気配がねえ。どういうことだ?」
「そんなの分からないわよ」

「カリーナ、あっちは岩場だ。
 何処にいるのか分からねえ忍びのやつらの援護は期待できねえ。
 サイモンの援護をしてやれ。
 この狼かかって来ないし、足止めなら俺一人で十分だ」
「ギル、気を付けるのよ」

 カリーナはトウマたちの援護に向かった。

▷◁

 爪狼と対峙しているセキトモとバン。

「この狼、なかなか襲いかかって来ないね?」
「このままでは時間だけが過ぎてしまいます」

 セキトモはギルのほうをチラリと見て確認した。

「ギルのほうもだ。カリーナはトウマたちの援護に向かったようだ。
 時間もないし、バンも行ってくれ。ここは僕が足止めする!」
「・・・分かりました。無理はしないで下さいね」

 バンもトウマたちの援護に向かった。

 襲いかからず様子を見ている牙狼と爪狼は思っていた。
 あの程度の数であいつが負けるはずがない。
 こいつらがあいつを弱らせてくれれば儲けものだ。
 あいつが弱れば我々でも勝てるかもしれない。
 これはまたとない絶好の機会だ。

◁△

 トウマとサイモンはボス狼との攻防を繰り返して二人が持っている盾は早くもボロボロになっていた。
 ボス狼の力強い攻撃を紙一重でかわすことも度々あった。このままでは負傷どころか二人とも死に至る可能性がある。それほど危険な相手だ。

 くそっ! まだ一太刀も入れられない。




※この内容は個人小説でありフィクションです。